RP勢とか素とか言う(言ってた)が、そうじゃない

今更ながらようやく恥ずかしすぎる文章を全修正
結局恥ずかしい文章だが幾分かマシ

「バーチャル」ってのは、現実世界に存在しない実体という意味で「ソフトウェア」に近い。
ソフトウェアがPC上で動作するように、バーチャルな何かは物理的な構造物であるハードウェアの上で動作すると考えるのが自然だ。
「バーチャルな人格」といえば、「人間の脳」というハードウェアの上で仮想的に構成されるもの、という連想が自然だ。
まあ、「自然だ」といってるが、ICT分野における「仮想化」の概念を少しでも理解している人にとってはかすかに「自然だ」
と思ってもらえる程度の自然さだ。

何が言いたいのかはっきり言うと、「バーチャル」の単語を使う時点でいわゆる「中の人」の存在は認めることになるわけだ。

書くの飽きた
結局、究極はVRでの1つのアバターを通した体験が積み重なって仮想の人格を形成する、ということがいいたい

#### 話が長えよ読んでやらねえ 要約: 自分の解釈と違う!嫌い!滅びるべき!

以前はバーチャルさんをよく観ていたが、もう醒めて観なくなった。観ない今わからなくなったが、今でもRP勢とか素とかコメントにあるのだろうか。
だから今こんなこと言っても仕方ないかもだが、一応書き留めておく。
個人的解釈として、バーチャルは(ある程度)自由意思であって自然発生的だ。魂という表現があった(これも今は言わないかも)ことからも、バーチャルといえど根っこは自然物で意思が宿っていたように感じる。まあ当時はRP勢というカテゴリーが存在しなかったはずだから当たり前だが。
バーチャルという言葉をそのまま解釈すれば、仮想的ひいては人工的な人格ということに他ならない。先の解釈ともども採用すれば自然発生的で人工的と矛盾したことを言っているようだが、これは人工的に生み出され(俗に「初期設定」)、自然発生的に育つこととすれば矛盾しない。
バーチャルさんの祖がAIということからも、バーチャルは人工知能的なものだとみなす方が自然だと思う。やはり現状は知らないが当時の祖はバーチャル≒AIのスタンスを崩さなかったと認識している。
そう、人工知能なのだ。いわゆる「中の人」が脳内に人工知能ソフトをインストールし、別人格として起動している。
だから、RP勢とか素とかいうが、そうじゃないわけだ。ある意味RP勢のように設定重視だが演じているわけではないし、だからといって素を晒しているわけではない。そのRP勢とか素とかいう枠組みに当てはめようとしていること自体が意味のない行為であって、それをするくらいなら、ガワが実在しない「もの」に中の人がどれだけ実在性を魅せられているかを議論した方がいいと思う。
あくまで「そういう話をしたいなら」だ。別にしなくていい。でも恐らく、RP勢とか素とかいう議論は中の人を知りたい欲求から来るものだと思うし、その欲求は我慢できないものだと思う。だからRP勢とか素とかいう議論として形を変えて欲求を満たしているんだと思う。結局、こういう話をしたがるやつらはみんな中の人のことが知りたいのだ。
自分だって中の人のことが知りたい。なぜなら、先に書いた「実在性」を強く感じるためには、中の人とバーチャルとのギャップが欲しいからだ。エピソードを話されたとき、これ中の人のことだろ、と思いたくないからだ。
だからって本当にバーチャルとして別人格での思い出づくりをする必要はないと思う。いや理想ではあるが。そもそもVRで人格を育ててからYoutuberやりたいと思うべきだがそれはいい。けどせめて親戚のおじさんやお姉さんのエピソードにしてほしかった。
昔は面白ければよくてバーチャルさんを観てたのに、一度こんな潔癖なことを考えるようになってから、それこそ人が変わったように気づけばバーチャルさんを観なくなっていた。
先にも言ったように、結局、こんなこと言ってるやつはみんな中の人のことが知りたいのだ。というか、中の人のことが知りたいのは当たり前だ。かつエピソードが可愛い格好いいガワに引っ張られて話を盛らずとも脳内補完が効いて美談に聞こえるのだ、やる方もやられる方も気持ちがいい。やらない理由が無い。
仮に話を盛ってもわからんしバーチャルだから別人格だしどうでもいい、結局なんだこれは、中の人のことが知りたいのにうやむやにされた挙句気持ちがいいぞ。
バーチャルって何だ。もう動画も配信も観なくなってわからなくなっただけかもしれない。